2013年9月2日月曜日
2013年8月8日木曜日
taste of india
日本では全く着る機会がないけど、マレーシアならパンジャービスーツ着られるしチョイスもたくさんある。
ハリラヤ前におかあさんが買ってくれたのがこちら。
マレーシアでは南インド系の人が多いからか、インド系の衣服はとてもはっきりした鮮やかな濃い色のものが多い。
わたしはどっちかと言えば、北インドの色味が好みかな~。もう少しライトな色のものがある。
好み以外にも、わたしは日本人だしやっぱり濃いはっきりした色に薄い顔がついていかないんだが。。。
これはトップとパンツとスカーフでRM80。お直しはお店でお願いするとRM15。わたしはおかあさんにやってもらった。
セットアップで着てもいいけど、白いパンツやジーンズでも着られる。
ちょっと前にKAMDARで買ったトップ。
KANDARの衣料フロアは結構いろんなものがあって、よく見ると好みのものがリーズナブルに買える。
自分では「似合わないかも?」と思っても、南国の太陽の下では意外とよかったりするんだよ。
ただし、縫製をよく見ないとがっかりすることもある。
でもね、これRM30とかだったからいいんじゃないかしら?
これはマレーシアでは買えないかもな~!
インド出張に行っただんなさんのおみやげ!!
柄×柄だけどシンプルでいいでしょ?襟元はルミナスカラー、そこにはミラーもついてるんだ。ニューデリーより。
ボンベイ出身のおばさんも、白などの色を基調に刺繍が施されたブラウスを買ってくる。時々見せてもらうのだけど、なんともいやらしさがないし、コットンの風合いもとてもやわらかで素敵。
そういうのであればこの薄い顔でもいいかもしれないよね。
マレーシアではあんまり服を買うことがなくなっているけど、ご当地ならではの服を買うというのは一番いいのかもしれない。
たまには真面目な服を着ることもあるけど、そんな時は「うへっ、きつい!」「何年前の?」とかあるからな。
ゆるゆるばかりの服ではだめだわね~。
あははっ!
マレーシア情報がまだあるよ
↓

にほんブログ村
ハリラヤ前におかあさんが買ってくれたのがこちら。
マレーシアでは南インド系の人が多いからか、インド系の衣服はとてもはっきりした鮮やかな濃い色のものが多い。
わたしはどっちかと言えば、北インドの色味が好みかな~。もう少しライトな色のものがある。
好み以外にも、わたしは日本人だしやっぱり濃いはっきりした色に薄い顔がついていかないんだが。。。
これはトップとパンツとスカーフでRM80。お直しはお店でお願いするとRM15。わたしはおかあさんにやってもらった。
セットアップで着てもいいけど、白いパンツやジーンズでも着られる。
ちょっと前にKAMDARで買ったトップ。
KANDARの衣料フロアは結構いろんなものがあって、よく見ると好みのものがリーズナブルに買える。
自分では「似合わないかも?」と思っても、南国の太陽の下では意外とよかったりするんだよ。
ただし、縫製をよく見ないとがっかりすることもある。
でもね、これRM30とかだったからいいんじゃないかしら?
これはマレーシアでは買えないかもな~!
インド出張に行っただんなさんのおみやげ!!
柄×柄だけどシンプルでいいでしょ?襟元はルミナスカラー、そこにはミラーもついてるんだ。ニューデリーより。
ボンベイ出身のおばさんも、白などの色を基調に刺繍が施されたブラウスを買ってくる。時々見せてもらうのだけど、なんともいやらしさがないし、コットンの風合いもとてもやわらかで素敵。
そういうのであればこの薄い顔でもいいかもしれないよね。
マレーシアではあんまり服を買うことがなくなっているけど、ご当地ならではの服を買うというのは一番いいのかもしれない。
たまには真面目な服を着ることもあるけど、そんな時は「うへっ、きつい!」「何年前の?」とかあるからな。
ゆるゆるばかりの服ではだめだわね~。
あははっ!
マレーシア情報がまだあるよ
↓
にほんブログ村
2013年7月22日月曜日
エキゾチックって?
15年ぶりにバンコク。


10年一昔と言うのだから当たり前だけれど、まったく印象が違った。
街が変化をするように自分にも変化があっての感覚の違いとは思うけど、「こんな街だったかな?」と思ってしまった。
グレーな街並みは東京のようで、夜のにおいまでもが夏の東京のにおいのよう。
ルールを守る我慢強い感じも似ている。ちゃんと並ぶとか(笑)
暑い気候の中でも、美容に気を使うおしゃれな人が多い。
大都市というのはどこでもどんどんその個性を失って似てきてしまうのだろうか?
前回にはバンコクに東南アジアというのを強く感じたけれど、今回はこんなにも東京っぽいところなのかと驚くほど。
KLに住むようになったから余計に感じているのかな。それにまぁ、わたしは観光客だからわかっていないことも多いけれど。
新しいものと下町風のところが混ざり合っている。
バンコク
↓
下町風というか人々の生活が見えるところが’路上’という感じ。道が狭いのに店が出てるとか。
KL
↓
エリアごとにその雰囲気が分かれているような気がする。
交通機関の便利さ。
バンコク
↓
タクシーがきれい、安い、そして正直。電車が便利で人々は整列乗車で降車の人を待つ!!歩いても目的の場所へ移動できる。
KL
↓
悪名高いタクシー。電車もいいけど、一番の選択肢ではないしな。誰も並ばない。行きたい所へはやっぱり車があるほうがいい。
ショッピングの選択肢の豊富さ。
バンコク
↓
ファッションは有名なものから新進のものなど幅がある。もちろんローカルなものも。食料品は宗教の制約が少ないせいか、日本食材を例にとってみてもすごい種類。在住日本人の数も比べものにならないほどだろうしね。お店で販売されているタイの特色ある雑貨やクラフト製品のセンスが良い?
KL
↓
大きく分けて3つの民族の暮らすマレーシアでは、共通のファッションという市場は大きくないせいか、自分が日常的感覚でほしいと思う衣服ってあんまりないかなぁ?「だったら日本でさがすわ!」という気持ちがわく。どこでもだいたい売っている製品に大差ない。よく商売が成り立つなと。食料品もわたしは不便ないけど、バンコクと比べるとずいぶん違う。マレーシアだって素晴らしい雑貨やクラフト製品があるんだけど、なぜか?どうしてか?ダサく見える気がするんだよな。
小さなお店の気が利いてる。
バンコク
↓
大きなモールはほんとにたくさんあるのだけれど、小さい店も小奇麗で気の利いたセレクトをしてる店が道を歩いていてもいくつか。
KL
↓
モールはあるけど、やはり車が。。小さい店もたくさんあるよ!だけどそれは昔ながらの商店なんだよね(これはこれで好き)。何と言うか、店はモールかショップロットにあるものな感覚。
なんだか、「バンコクのほうがよい!」という感想になってしまいそうだけど、実はそうでもない。
バンコクも東京もKLに比べるとカラフルなキャラクターが薄い気がする。
外国人在住者の多い大きな都市なんだけれど、国民を成す各民族にそう差がないからかもしれない。
KLにも外国人在住者は多いけれど、やはりマレー系、中華系、インド系の文化やライフスタイルにはずいぶんと差がある。それによってエリア毎にキャラクターが残っている。
自分がKLに住んでいるし、家族もいるから「やっぱりここが好きだな」とも思うんだろうね。
また行きたいな。
マレーシア情報がまだあるよ
↓
にほんブログ村
2013年7月1日月曜日
てんてんがつながると笑顔になれる
昨日は楽しみにしていた文楽の公演に出かけた。
https://www.facebook.com/theJapanFoundationKL?hc_location=stream
今回の演目は「寿二人三番叟」と「本朝二十四孝 奥庭狐火の段」というもの。
日本に住んでいる時には観たこともなかったけれど、いいもんだな~。
長く続いているものというのはどんな分野でも理由があるのだと思う。
海外での公演という事で、浄瑠璃を語る太夫、三味線や琴の演奏者、そして人形遣いによる細かな説明があってから鑑賞。
こういうところがとてもありがたいし、複雑難解そうな伝統芸能との距離を縮めてくれるものだと思う。あと、英語字幕もね。
劇場の大きさというのもすべてが見える広さであったのがよかったのかも。
中高生の頃に歌舞伎鑑賞教室というのが開かれた時にも説明があり、演目をより楽しく鑑賞することができた。もしそれがなかったら、今でも相当に敷居の高いものだっただだろうな。
それから、学生の頃は好きだったけれど、古文や漢文にも「?」な部分は多かった。そのまま授業として通り過ぎていくだけであったし。
でも、こういう演目を鑑賞する時に登場人物の台詞とかがある程度理解できるのは、その通り過ぎていたもののおかげだったのかもしれない。
現在では使われない言葉もその意味を習ったからこそイメージができる。
歴史の授業もしかり。
さらに時は過ぎ、イギリスに住んでいたころ。
ちょっとバイトをさせてもらったのが浮世絵に関する場所だった。
それこそ、浮世絵は博物館や美術館でフレーム越しに観るぐらいであったけど、ここでは短い期間ながらも実物を手に取り、ちょっとお勉強もさせてもらった。
その時、やはり、この「本朝二十四孝」を題材とした浮世絵も観る機会があったし(歌舞伎の演目にもあるから浮世絵にもなってる)、そこからその話を知ることにもなった。
自分の中に何気なく起こった事実がこうしてずいぶん長い時間をかけてつながると、この公演の記憶っていうものも強く心に残るのだと思う。
過去のその時々というのは、ほんとにただ過ぎてしまうだけと感じるけれど、ある程度の長い時間が過ぎると自分の中に価値あるものとして残っていく。
毎日てんてんと起こるいいことも悪いこともさらりと忘れてしまっても、ひょんなことでつながっていくこともある。
つながったことに気が付くと、しばらくひとりニヤニヤしながら暮らせると感じている。
爆発的な喜びではなくてニヤニヤというのが味わい深いのです。
マレーシア情報がまだあるよ
↓

にほんブログ村
https://www.facebook.com/theJapanFoundationKL?hc_location=stream
今回の演目は「寿二人三番叟」と「本朝二十四孝 奥庭狐火の段」というもの。
日本に住んでいる時には観たこともなかったけれど、いいもんだな~。
長く続いているものというのはどんな分野でも理由があるのだと思う。
海外での公演という事で、浄瑠璃を語る太夫、三味線や琴の演奏者、そして人形遣いによる細かな説明があってから鑑賞。
こういうところがとてもありがたいし、複雑難解そうな伝統芸能との距離を縮めてくれるものだと思う。あと、英語字幕もね。
劇場の大きさというのもすべてが見える広さであったのがよかったのかも。
中高生の頃に歌舞伎鑑賞教室というのが開かれた時にも説明があり、演目をより楽しく鑑賞することができた。もしそれがなかったら、今でも相当に敷居の高いものだっただだろうな。
それから、学生の頃は好きだったけれど、古文や漢文にも「?」な部分は多かった。そのまま授業として通り過ぎていくだけであったし。
でも、こういう演目を鑑賞する時に登場人物の台詞とかがある程度理解できるのは、その通り過ぎていたもののおかげだったのかもしれない。
現在では使われない言葉もその意味を習ったからこそイメージができる。
歴史の授業もしかり。
さらに時は過ぎ、イギリスに住んでいたころ。
ちょっとバイトをさせてもらったのが浮世絵に関する場所だった。
それこそ、浮世絵は博物館や美術館でフレーム越しに観るぐらいであったけど、ここでは短い期間ながらも実物を手に取り、ちょっとお勉強もさせてもらった。
その時、やはり、この「本朝二十四孝」を題材とした浮世絵も観る機会があったし(歌舞伎の演目にもあるから浮世絵にもなってる)、そこからその話を知ることにもなった。
自分の中に何気なく起こった事実がこうしてずいぶん長い時間をかけてつながると、この公演の記憶っていうものも強く心に残るのだと思う。
過去のその時々というのは、ほんとにただ過ぎてしまうだけと感じるけれど、ある程度の長い時間が過ぎると自分の中に価値あるものとして残っていく。
毎日てんてんと起こるいいことも悪いこともさらりと忘れてしまっても、ひょんなことでつながっていくこともある。
つながったことに気が付くと、しばらくひとりニヤニヤしながら暮らせると感じている。
爆発的な喜びではなくてニヤニヤというのが味わい深いのです。
マレーシア情報がまだあるよ
↓
にほんブログ村
2013年6月27日木曜日
風呂敷インドスタイル
日曜日におかあさんの家に行ったついでにいらない生地をもらってきた。
布を誰かにもらうのって、自分では買わないようなものがあるからおもしろい。
さらには、ソーイング歴60年以上のおかあさんの所には今はもうないようなものもあるから。
外国人のわたしにとっては新鮮に感じられるものもある。
おかあさんはたくさんの生地を風呂敷のようなもので包んで整理している。
それがこちら↓
形は日本の風呂敷のように正方形だけど、布の端をしばって包むのではなくて角に紐をつけてクルクルして包む。
この包みはおかあさんのお義母さん(だんなさんのお祖母ちゃん)からのなんだってさ。
半世紀はたっているんでしょうか。。
ところどころにほころびがあって繕っているけど、生地の風合いはとても優しくなっている。
なんか、自分のお祖母ちゃんが寝巻に使っていたガーゼの浴衣みたいでとても懐かしい感じがする。
おかあさんが「いいよ」と言うので生地をもらったついでにこの包みももらった。
例によって、だんなさんからは「これどうするの?」っていう言葉が来たけどね。
でもさ、お祖母ちゃんのものがあるっていいと思うけどね。
使い道もあるのだし。
まだ、結婚したての頃に日本人もこういう風に衣服を包んだりする事をおかあさんに話したら驚いていた。
アジア地域の共通点なのかな?
マレーシア情報がまだあるよ
↓
にほんブログ村
2013年5月6日月曜日
ジュエリーというもの
ベルリン在住のわたしのお友達はジュエリーデザイナーです。
http://naokoogawa.com/top.html
https://www.facebook.com/NaokoOgawaJewelryWorks
マレーシアに住んでいると家族の影響もあるのか、ジュエリーに対する見方って少し変わってくるのかもしれない。
なぜなら、ジュエリーショップというものの多くがゴールドや石を扱うという事を中心としていて、デザインというものに作家の個人名が反映されることがあまりないから。
もちろん流行りなどもあるのだろうけどね。
宝飾品=財産という面が強いのかもしれない?
彼女の発表してきている作品は、そんなわたしの鈍った感覚をリフレッシュしてくれるものだと思う。
ジュエリー抜きでTシャツ+短パンで過ごしているわたしにとっては、いま一度「こういうふうに身に着けたいな」とか想像させてくれるものね。
わたし個人としてはマレーシアで「これぞ!」と思うようなものには未だ会ったことがない。
今後、マレーシアをはじめとする東南アジアの成熟によっては材料の価値というものが全面に出ているものから、「デザイナー・作家」の名前というのが大きな価値となっていく面もあるのかもしれない。(不勉強なわたしの想像だけど。。)
価格も材料もチープなものが溢れているこの地域で、材料の質とその制作者の一面がもっと評価されていく時が来てほしいな~
naoko ogawaのジュエリーを身に着けたら、「自分+彼女」でちょっと心強い感じもするでしょ?
マレーシア進出も待ってます!!
↑フェイスブックに書いたことをブログにも書いてみる。
-----------------------------------------------------------------------------
わたしは普段あんまりジュエリーというのを身に着けることはない。
というか、そういう機会があんまりないから。ピアスをしたってずっと同じものをつけっぱなしというずぼらさ。
そして、最近はマレーシアでの犯罪も考えると結婚指輪以外何も身に着けていない。
一方でわたしのおかあさんをはじめとする家族の女性たちはピアスをしてないことなどないし、みんなジュエリーが大好き。年数回開かれるジュエリーフェアにも必ず行っている。
マレーシアのジュエリーショップではk22を主に扱っていて、ショップにあるジュエリーには~gという表記がしてある。その日の金の価格とワークマンシップに準じた売り方をしてるってこと。
だからディスカウントをお願いすることもできる。
現在はデザインも豊富で、ミドルイーストのトレンドを取り入れたものなんかも多くあるけれど、その昔はほんとにデザインの選択肢が少なかったそうだ。
とはいえ、日本人からすれば「こんなゴリゴリのデザインいつ使うの?」ってなもんだけど。中には探せば我々日本人でも素敵と思えるものもある。まぁ、それでも華奢なものはあんまりないけど。
デザインの選択肢が少なかった時代は、誰かが素敵なデザインのものを身に着けていると「わたしも~」という感じで、みんなゴールドスミスにオーダーして同じものを作ってもらっていたそう。
わたしがおかあさんとおばさんにもらったピアスは全く同じデザインというのもある。
また、おかあさんが10代の頃に使っていた金のフープピアスは、現在のものに比べると格段に金の量が多い。たぶん技術的にも少ない金の量でジュエリーを作るというのが簡単ではなかったからなのかもしれない。(もちろん金の価格もあるけど)
こういったインドからのゴールドジュエリーというのは、ものすごい薄暗い工房でものすごい安い賃金で制作されているらしく、そこからはやはり制作者の名前など出てくるわけがない。
その職人たちの我慢強さや背負っている生活からこんな細工のジュエリーが生まれてくるのだけど。
もう一つ昔話。
インド系の人々が着ているサリーなどの衣装は、わたしも手軽に買うことができる値段のものもある。
ハレの日に身に着けるようなものは、それこそ日本の着物のように本物の金や銀の刺繍なんかが施されている。
おかあさんが若かりし頃には、そういったサリーをある意味リサイクル?のような方法で循環させていた。本物の金や銀が施されているから、サリー自体を燃やしてそこから残った金や銀を取ってまた新たなサリーを買ったり、ジュエリーに仕立てていたんだそうだ。
現在そのようにしている人がいるのかはわからないけれど。
ゴールド×インドでちょっと面白い記事があった。
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-21994873
記事の中で印象に残ったのは、インドの地方では銀行口座を持たない人も多く、そういった人の中では金というのは投資とかいうのとは別な役割を果たしていること。もちろん貨幣を使ってはいるのだろうけど、金を持つ事が生活をどうこうすることに大きく関わっている。
-----------------------------------------------------------------------------
大学を卒業して10年以上が過ぎて、その期間様々な形で制作活動を続けてきているお友達がたくさんいる。
続けてきている事が彼らの作品だけではなくて、制作者の名前を作り上げていっているような気がする。
お母さんやお父さんにもらった名前が、場所や時間や事実を経てその作家自身の姿になっていってるんじゃないかな。
みんな素敵な人になっていっていると思う。
マレーシア情報がまだあるよ
↓
にほんブログ村
2013年4月1日月曜日
おじいちゃんからの手紙4
お便りの絵はがきは、どこか目にしたことがあるかのような絵柄。
満期退営とあるのは中国大陸から帰ってきた人の事を言ってるのだろうか?
描かれた女性のようにこんなに深々とお辞儀することなど、わたしにはこの先もないかもしれないな。
年が明けて、昭和17(1942)年元旦のお便り。
お目出とう其方はお変り有りませんか
自分も益々元気で銃剣術に気合を掛けお陰で体重も増して本調子となりました
二六〇一年も終りを告げ三十と云ふ代変りの年を軍隊に迎へ
過去を返り見て感慨無慮です
班内の窓からは化粧した富士が朝日にそびへ屋根には眞白な霜が
隊では来る八日行はれる観兵式予行演習を毎朝起床同時行って居ります
皆んな元気で好い年を迎へて下さい
何と云っても体が一番大切ですから
〇ー坊は丈夫でせうね
お正月は五日頃迄外出面会も出来ず町のニュースをお便り下さい
わたしは30歳になった時に何にも違いを思わなかった。
よく、「30代は楽になるよ~」なんてことも聞いたりしたけど、特になんとも。
振り返るような過去を持ち合わせていないからかもしれない。
以前、団塊の世代の寿命は長いというのを聞いたことがある。
それとともに、それ以降の世代の寿命はその世代に比べれば長くないともいっていたような気がする。
いつか終りが来るのだけれど、もし日本人(わたしの世代)の寿命が65歳ぐらいとするのならば、たいして振り返るものがなくともおじいちゃんのように過去を見て姿勢を正さなくてはいけないのかもしれない。
どこに暮らしていても「何と云っても体が一番大切ですから」ね!!
マレーシア情報がまだあるよ
にほんブログ村
登録:
投稿 (Atom)







