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2014年5月7日水曜日

ボーっとした人間が騙されるマレーシアの悲しい一面

月曜日、いつもの英語勉強会からおばさんの所へ行く途中。


自分の家の近所の住宅街の道を車で走っていると、住宅建設のとこを通り過ぎる時に道端のインディアンカップルが手を振った。

「わたしを呼んでるのかしら?」←普通なら、こんなふうに思うこともありえない!!

なんと、わたしは車を停めたのね。←完全にダメな行為!!

そうすると、男性のほうがまず車に近づいてきた。
そして、窓越しに話し始めた。

「今こどもが喘息発作で、病院に連れていくためにボスにお金を借りに来たんだけど彼がいないんだ。」
「お金を貸して欲しい。電話番号を教えてくれたら明日必ず返しに来るから。」

女性もこどもを抱えて車にやって来た。

え~!!っと思って、「これどうしたらいいんだ?」と思った。
わたしも、小児喘息を患っていた時あるからその苦しさはわかる。そして、抱かれている子どももなんかぐったりしている様子。
だけども、電話番号渡すのも怖いし、「これ騙されてるの?」とか疑ってしまうしで「う~ん」となってしまった。

そのあいだもカップルは同じことを繰り返しわたしに話している。

結果、「ごめんね。わたしは助けられない。」と言っておばさんの家に行った。



おばさんにこの事を話したら、「それは典型的な騙しの手法だわ。第一、子どもだってそのカップルの子どもかわからないじゃないの?」と言われた。「子どもだって寝てただけかもよ?」と。

そうだよな~、なんで車を停めたんだろう?自分でもわかんないけど。

でもね、もしも、ほんとにその子どもが発作を起こしていたならばかわいそうな事をしたと今でも思ってしまう。。

悲しいながらも、マレーシアで人間を信じるという事が自分の身を危険にさらす可能性があることを今更ながら経験した。

おばさんの所から家に帰ったらひどい熱で寝込んだ。
体調が変だとは思っていたけど、こういう時は判断力も鈍くなるのかな?




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2014年1月21日火曜日

文句・不満・納得できない事ってのはどこでもあるもんでな


日本でも消費税が4月から上がることが決まった。

ここ、マレーシアでも年々というか数か月のうちに値上がりするものがどんどん増えている。
去年なんか、ガソリン代は何回値上げがあったかな?とはいえ、まだ日本よりは圧倒的に安いんだがね。

今年は電気代の値上がりというのが大きく取り上げられた。
一般家庭ではあまり電気代の値上がりというのに直接影響を受けない人もあるかもしれないけれど、外食をしたりショッピングをしたりと、外でお金を使う時にはその電気代の値上がり分というのが消費者にも反映されてくるのかもしれない。
または、電気代の値上がりによって、今まで凍えそうなほどの温度設定だった室内が少し汗ばむくらいの温度設定になるのかもしれない。

その他にも、住宅のassessment billもKLでは評価の仕方が数十年ぶりに見直しがされて、その大幅な値上がり振りに大きな反対があり、住人からのreduction申請フォームを受け付けるような事態になっている。
おかあさんの住んでいるエリアもリタイアした人やペンショナーの人が多く、これといって大きな収入がある人達ではないけれど、そのassessment billが10倍以上になったりした。
住人の組合は役所に請願書を出したことで順々にそのフォームの申請に行くそうだけど、役所側としてはその申請は考慮するということに留まっているようでどうなるのかはわかんないんだそうだ。

我が家はというと、assessment billについてはおかあさんのエリアほどのものではなかった。
ただ、電化製品が多いせいで電気代が高い。
ってことで、年明けは一つ一つ電化製品のw数を測ってみた。
⇩
結果;
日本からの電化製品には変圧器を使っているわけだけど、これがものすごい。我が家では冷蔵庫・オーブンレンジ・音響関係というのがそのもの。
冷蔵庫は電源を落とすことができないけど、オーブンレンジ・音響関係はもう使ってない時は電源OFF。まぁ、こういうのは当たり前の省エネ知識なのだろうけど、恥ずかしながら点けっぱなしでした。


こんなふうに、きっとどこの家庭であってもこの世の中の値上げ事態によって何らかの影響は受ける。
庶民の考えを訴えるという事で役所側が動くこともある。たとえそれが即時解決とか100%すべての人を満足させるような結果とはならなくとも。。



しかしながら、時には庶民もこんなような値上がりの世の中に対して、皮肉たっぷりに笑ってやり過ごすというのもあるのかな。揚げ足取りとも言うのかもしれないが。。

最近、マレーシアの首相が「国民は様々な値上げについていろいろ政府に対して意見を述べるが、カンコン(空芯菜)のように値段が下がったものがあっても政府に感謝はしない」というような発言をしたらそれが瞬く間にSNSを通じて広がった。
中には「カンコンを通貨としてコーヒーが飲めますよ。」というイベント?を行ったコーヒーショップもあった。 ←kini tvより


こんなに有名になってしまった庶民の野菜のカンコンは、もしかするとこの一時の騒動で逆に値上がりしてしまっているかもな~



値上げとは別にしても、世の中頭の痛いことはどこに暮らしていてもいろいろある。
その一つ一つに真面目に対応してると白髪がボーボーになったりもするからそこそこにしないとね。

家族や友達にいいことのほうがたくさん起こる年になりますように!!



2013年12月25日水曜日

マレーシアのスマートな事情


わたしも2010年くらいからスマートフォンを使っている。

とはいえ、仕事をしているわけではないから、その機能を最大限に活用しているとは言いにくいところ。
もっぱら使っている機能と言えば。。
WhatsApp
Gmail
Waze
Google Map
SMS
Facebook
Camera

車を運転するようになって、スマートフォンがあることが最も便利と思っている。
もちろん、事前に行先をネットで確認してからWazeに設定して使っているんだけどね。ナビとして使うならGoogle MapよりもWazeのほうが役に立つと感じている。
WhatsAppとFacebookのメッセージ機能は同じくらいの割合で使っている。けど、そんなに友達も多いわけではないから宛先はいつも決まった人たちと。



おかあさんは70代だけど最近スマートフォンにした。60代のおばさん達もそう。

個人的な感覚ではあるけど、日本に比べてマレーシアでは比較的年齢が上の世代も新しい技術に積極的に挑戦していく傾向があるのかもしれないと感じる。
そして、その大きな原動力というのが所属するコミュニティ(民族的、宗教的な)によるものなんではないかと思う。そういったつながりというのは、マレーシア国内だけではなくて親類縁者が他国にいる立場の人も多いというのも大きな理由の一つかもしれない。
スマートフォンを持つ前までは、おかあさんやおばさんの世代はインターナショナルコーリングカードやメールを使っていたけど、今では通話料が無料で会話できるアプリを使っている。こういうところに、コミュニティの築いてきたものというかコミュニケーションの単位が見えるような気がするね。
もちろん、今でも毎日のように電話で話す相手もおかあさんにはいるし、ランドラインというのがなくなることはないとは思う。
でも、新しい技術に対して人に興味を持たせたり必要と思わせたりするというのは、やっぱり人間でありその人自身の所属する何かなのかもしれない。
歳を重ねるごとに自身の所属という意味では立場や範囲が狭まってくるのかもしれないし(もしくは孤独な事もあるのかもしれないが)、物理的に人と出会うことが少なくなっていくのかもしれない。
でも、こういう世の中の新しい技術を積極的に日常に取り入れることによって、その人がその人であることを感じられる(誰かに必要とされるとか、自分の立場がある)という面もあるのじゃないかな。




だんなさんは、「料金が安いというのが最大のモチベーションである」と言うけどね。
もしかしたら、「おしゃべり好きである」というのが一番の原動力であるのかしら???

2013年12月20日金曜日

先進国入りなるか?⇒それはおトイレにかかっている⇒と、思う日本人


マレーシアは2020年には先進国入りを目指している。

何をもって先進国入りというのかは、日本で生まれ育ったわたしにはよくわからないが。。


先週、おかあさんの家でおにいちゃん家族とわたしたちとで夜ご飯を食べた時のこと。
食後にわたしとお義姉さんで後片付けをしている時に、マレーシアのおトイレの話になった。


マレーシアのおトイレはだいたいがまぁ、びしょびしょなの(女子トイレしか知らないけど)。
ホース状の水が出るものが備え付けられていて、ビデとして使うから盛大な水撒き状態になるという事。
トイレットペーパーは必ずしも個室に設置されているわけではなくて、洗面台の近くにあったり、または紙などないという潔い状況のおトイレもある。

洒落た場所ならあんまりそういう状況のおトイレに行く羽目にはならないけど、普段の生活をする範囲ではかなりの確率でビショビショのおトイレに行かなければならない。
そうなると、ちょっと履物を考えてしまう。=行く場所によって靴が変わり、服装が変わってくるという感じ?
何を着たいかというより、どこに行くかという事で服装にも大きな変化が出てくる。



で、おかあさんとお義姉さんとのおトイレの話。

おかあさんとお義姉さんの行動範囲は違うから、それぞれにとっての綺麗なおトイレのスタンダードも違う。

・おかあさんの言うところの綺麗なおトイレは、多少ビショッとしていてもお掃除レディーがいて常に気を配っている所。
・お義姉さんが言うところの綺麗なおトイレは、ビショッとしてなくてお掃除レディーがいて常に気を配っている所。
・わたしは意外と気にしていない。が、もちろん乾いているおトイレのほうがいいかなぁぐらい。


でも、二人が共通して言っていたのは、二人ともお掃除レディーがいる所では必ず「おトイレ綺麗にしてくれてありがとう!」と伝える事にしているという事だった。
なんでも、お掃除レディーにそういった感謝の気持ちを伝える事が綺麗なおトイレのためには最も効果的なんじゃないかという話。
彼女らのお給与には何も返ってこないかもしれないけれど、どの国の人でも人間であれば必要とするおトイレを綺麗にしてくれる人にちょっと声をかけるというのはまったく悪いことではないしね。

と、共に、多くの人がマレーシアへやって来て、必ず利用するおトイレ。ビショビショでないほうがいいとは思う。
まぁ、綺麗なおトイレを継続するのはその国の国民だけでなく、他国からの人々の使い方によるところもとても大きいと思うけど。

つくづく、スタンダード・マナーというのは同じ前提を持つ人であるから規定できるものなのかと?
まず、マレーシアに住む国民でも各文化の違いがあり、そこに多くの違った国からの旅行者や居住者がいるという事は、そのスタンダード・マナー・ルールというのを規定するのは容易な事ではないんだろうと感じる。


言いすぎかもしれないけど、みんなが必ず使うおトイレは国の顔にもなるんじゃないかな?
2020年にマレーシアのおトイレはどうなっているのでしょうか~?







2013年8月8日木曜日

taste of india

日本では全く着る機会がないけど、マレーシアならパンジャービスーツ着られるしチョイスもたくさんある。


ハリラヤ前におかあさんが買ってくれたのがこちら。














マレーシアでは南インド系の人が多いからか、インド系の衣服はとてもはっきりした鮮やかな濃い色のものが多い。
わたしはどっちかと言えば、北インドの色味が好みかな~。もう少しライトな色のものがある。
好み以外にも、わたしは日本人だしやっぱり濃いはっきりした色に薄い顔がついていかないんだが。。。
これはトップとパンツとスカーフでRM80。お直しはお店でお願いするとRM15。わたしはおかあさんにやってもらった。

セットアップで着てもいいけど、白いパンツやジーンズでも着られる。



ちょっと前にKAMDARで買ったトップ。














KANDARの衣料フロアは結構いろんなものがあって、よく見ると好みのものがリーズナブルに買える。
自分では「似合わないかも?」と思っても、南国の太陽の下では意外とよかったりするんだよ。
ただし、縫製をよく見ないとがっかりすることもある。
でもね、これRM30とかだったからいいんじゃないかしら?



これはマレーシアでは買えないかもな~!














インド出張に行っただんなさんのおみやげ!!
柄×柄だけどシンプルでいいでしょ?襟元はルミナスカラー、そこにはミラーもついてるんだ。ニューデリーより。
ボンベイ出身のおばさんも、白などの色を基調に刺繍が施されたブラウスを買ってくる。時々見せてもらうのだけど、なんともいやらしさがないし、コットンの風合いもとてもやわらかで素敵。
そういうのであればこの薄い顔でもいいかもしれないよね。



マレーシアではあんまり服を買うことがなくなっているけど、ご当地ならではの服を買うというのは一番いいのかもしれない。
たまには真面目な服を着ることもあるけど、そんな時は「うへっ、きつい!」「何年前の?」とかあるからな。

ゆるゆるばかりの服ではだめだわね~。
あははっ!



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2013年7月22日月曜日

エキゾチックって?


15年ぶりにバンコク。






















10年一昔と言うのだから当たり前だけれど、まったく印象が違った。
街が変化をするように自分にも変化があっての感覚の違いとは思うけど、「こんな街だったかな?」と思ってしまった。

グレーな街並みは東京のようで、夜のにおいまでもが夏の東京のにおいのよう。
ルールを守る我慢強い感じも似ている。ちゃんと並ぶとか(笑)
暑い気候の中でも、美容に気を使うおしゃれな人が多い。



大都市というのはどこでもどんどんその個性を失って似てきてしまうのだろうか?

前回にはバンコクに東南アジアというのを強く感じたけれど、今回はこんなにも東京っぽいところなのかと驚くほど。
KLに住むようになったから余計に感じているのかな。それにまぁ、わたしは観光客だからわかっていないことも多いけれど。


新しいものと下町風のところが混ざり合っている。
バンコク
↓
下町風というか人々の生活が見えるところが’路上’という感じ。道が狭いのに店が出てるとか。
KL
↓
エリアごとにその雰囲気が分かれているような気がする。


交通機関の便利さ。
バンコク
↓
タクシーがきれい、安い、そして正直。電車が便利で人々は整列乗車で降車の人を待つ!!歩いても目的の場所へ移動できる。
KL
↓
悪名高いタクシー。電車もいいけど、一番の選択肢ではないしな。誰も並ばない。行きたい所へはやっぱり車があるほうがいい。


ショッピングの選択肢の豊富さ。
バンコク
↓
ファッションは有名なものから新進のものなど幅がある。もちろんローカルなものも。食料品は宗教の制約が少ないせいか、日本食材を例にとってみてもすごい種類。在住日本人の数も比べものにならないほどだろうしね。お店で販売されているタイの特色ある雑貨やクラフト製品のセンスが良い?
KL
↓
大きく分けて3つの民族の暮らすマレーシアでは、共通のファッションという市場は大きくないせいか、自分が日常的感覚でほしいと思う衣服ってあんまりないかなぁ?「だったら日本でさがすわ!」という気持ちがわく。どこでもだいたい売っている製品に大差ない。よく商売が成り立つなと。食料品もわたしは不便ないけど、バンコクと比べるとずいぶん違う。マレーシアだって素晴らしい雑貨やクラフト製品があるんだけど、なぜか?どうしてか?ダサく見える気がするんだよな。


小さなお店の気が利いてる。
バンコク
↓
大きなモールはほんとにたくさんあるのだけれど、小さい店も小奇麗で気の利いたセレクトをしてる店が道を歩いていてもいくつか。
KL
↓
モールはあるけど、やはり車が。。小さい店もたくさんあるよ!だけどそれは昔ながらの商店なんだよね(これはこれで好き)。何と言うか、店はモールかショップロットにあるものな感覚。



なんだか、「バンコクのほうがよい!」という感想になってしまいそうだけど、実はそうでもない。
バンコクも東京もKLに比べるとカラフルなキャラクターが薄い気がする。
外国人在住者の多い大きな都市なんだけれど、国民を成す各民族にそう差がないからかもしれない。
KLにも外国人在住者は多いけれど、やはりマレー系、中華系、インド系の文化やライフスタイルにはずいぶんと差がある。それによってエリア毎にキャラクターが残っている。

自分がKLに住んでいるし、家族もいるから「やっぱりここが好きだな」とも思うんだろうね。



また行きたいな。





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2013年6月27日木曜日

風呂敷インドスタイル


日曜日におかあさんの家に行ったついでにいらない生地をもらってきた。

布を誰かにもらうのって、自分では買わないようなものがあるからおもしろい。
さらには、ソーイング歴60年以上のおかあさんの所には今はもうないようなものもあるから。
外国人のわたしにとっては新鮮に感じられるものもある。

おかあさんはたくさんの生地を風呂敷のようなもので包んで整理している。
それがこちら↓










形は日本の風呂敷のように正方形だけど、布の端をしばって包むのではなくて角に紐をつけてクルクルして包む。

この包みはおかあさんのお義母さん(だんなさんのお祖母ちゃん)からのなんだってさ。
半世紀はたっているんでしょうか。。

ところどころにほころびがあって繕っているけど、生地の風合いはとても優しくなっている。
なんか、自分のお祖母ちゃんが寝巻に使っていたガーゼの浴衣みたいでとても懐かしい感じがする。
おかあさんが「いいよ」と言うので生地をもらったついでにこの包みももらった。

例によって、だんなさんからは「これどうするの?」っていう言葉が来たけどね。
でもさ、お祖母ちゃんのものがあるっていいと思うけどね。
使い道もあるのだし。

まだ、結婚したての頃に日本人もこういう風に衣服を包んだりする事をおかあさんに話したら驚いていた。
アジア地域の共通点なのかな?




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2013年3月31日日曜日

ひさしぶりに涙


のんきにPCの前にいたらキッチンからガサゴソする音。
「はっ?」と思い、キッチンに行ってみると猿がいた!!

「ぎゃ~!!」と叫んで猿に向かって行ったら逃げて行ったが、すっごい怖かった。

今朝はマーケットに行って、ソロパパイヤとみかんとグァバを買った。
キッチンカウンターの上に置きっぱなしにしてあった。


パパイヤは床に落ちていて、つるしてあったバナナも食べてたし、クラッカーの袋も開けようとしてしてたみたいで床に転がっていた。
ドライパイナップルも手をつけてたみたいだったから捨てた。。

















最近、家の裏の木を切ったせいもあるんだろうか?
動転しておかあさんに電話したら「わたしたちが彼らの住む場所をおかしてるからしょうがないわね」と。おかあさんのおうちの辺りではその昔、猿がおうちに入ってきてお米をひっくり返したり、玉ねぎをおいしそうに食べたてたりしてたんだそうだ。

今日のこのハプニングもわたしがマレーシアへ慣れていく上で必要な儀式だったのかしら?
猿の洗礼などなくてもよかったけど、のんきにばっかりいられない。
でも、びっくりした時に大声が出てよかったのかも。

窓にグリルをつけないとな。。
まだ、体がざわざわする。


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2012年11月15日木曜日

お父さんはすずやさん


わたしの実家は商売をしてます。

小学校の時から「お父さんのお仕事は?」というのに「すずやさんです。」と、何度となく答える機会はあったけれど最初はみんな「ん?」というのが普通の反応。
「鈴の問屋さんをしています。」ということなのだけどね。⇒鈴万商店

なので、わたしは小さい頃から鈴をはじめとして、いろんなキーホルダー、寺社仏閣のおみやげの品々 、お祭り用品、ペット商品なんかを見て育ってきました。
家族で旅行に行ってもあまりに当たり前にあったキーホルダーとかは買わなかったな~。今となれば、当時のお父さんのように鈴を熱心に見たりすることもあるけれど。

実家の家業というのは、わたしにとってはとても当たり前の存在であったけれど多くの人にとってはとても珍しい商売であると今になるとよくわかります。


戦前は東京の芝で鉄の問屋を営んでましたが、戦争による疎開とおじいちゃんがスマトラへ出兵したこと、また材料が軍事に充てられたことにより戦後は鉄の問屋を再開することはありませんでした。
戦後日本へ戻ってきたおじいちゃんは、千葉県市川市の自宅から毎日自転車をこいで東京の両国のお店まで通い、鈴の問屋を営むことを始めました。
現在だったら自転車ブームもあり、長距離の自転車旅も楽しみとなるところだろうけど、家族を支えるために毎日通っていたことを思うと頭が下がります。
なぜ鈴の問屋を始めたかと言えば、おばあちゃんの実家が自転車のサドルなんかを製造するプレス工場を営んでいたということと、戦前の鉄問屋のつながりがあったからのようです。

おじいちゃんは自らの戦争体験というのを語ったことはなかったですが、そこには語ることのできない経験をしてしまったからなのではないかと今は想像します。それでも、おじいちゃんが戦地から家族に送ったハガキを読むと、ただひたすら家族の事を想う言葉と現地での気丈な様子を綴る言葉があります。
おじいちゃんが苦労をして日本に帰ってきたことによって、今のお父さんもわたしもあるのだとハガキを見るたびに思います。(そして、マレーシアに住むわたしとしては少し思う所もある)


さてさて、おじいちゃんの開いた商売も日本の戦後の経済の変遷に大きく左右されながら、現在のわたしのお父さんの代まで続いてきています。
特に、お父さんの代になってからは更に一層とお父さんの努力によって、わたしと妹と弟を今日まで育て上げてくれました。
これも子供の頃は全くわかりませんでしたが、鈴ひとつが何銭という世界で我々3人を大学に送ってくれました。それぞれ習い事もたくさんさせてもらったし、今、わたしがそれだけのことを自分ができるのか?と言えば、ちょっと自信がないほどです。
特に各自の興味のあることについて「だめ!」と言ったことがないです。子供の頃の習い事というのは受動的な事もおおいけれど、振り返ってみるとひとつも無駄な事などないんですね。思春期の頃には忘れてしまっていた事なんかもあるんですが、後々、何かとつながっていると気が付くことも多いです。
お父さんとお母さんの最強の組み合わせで、今のわたし、妹、弟があります。 
ありがとう!!


ってわけで、今日はちょっと鈴を紹介したいと思います!

鈴と言っても、ほんとにいろんな形がある。
そこにサイズや塗装の違いによって何通りにも違うものができてくるわけです。
最近でこそ日本国内で流通する鈴の多くは中国で製造されていますが、お父さんのところは日本のプレス屋さんと塗装屋さんで製造されています。

そして、今や機械で製造されているものがほとんどですが、ちょっと前までは鈴の製造も国内でロウ付けで行われていたんだそうです。ロウ付けの鈴と機械でかしめて作られている鈴の音色を比べると違います。コロコロとてもいい音。音色という言葉がぴったり。
材料の厚みが違うというのが大きな理由なんじゃないかと。今はもうそういう職人さんがいません。
この他にもたくさんの種類の鈴があります。
神社でガラガラと鳴らす鈴は受注生産で、これは今でも職人さんの手作りです。

大福鈴共釻(だいふくすずともかん)ニッケルメッキ、真鍮メッキ


招福鈴(しょうふくすず) ちぢみメッキ











招福鈴(しょうふくすず) 古美メッキ


宝来鈴(ほうらいすず) ニッケルメッキ
招福鈴(しょうふくすず) 真空メッキ


宝来鈴(ほうらいすず) UV印刷
宝来鈴(ほうらいすず) パット印刷

宝来鈴(ほうらいすず) つや消し塗装



切釻鈴(きりかんすず) ニッケルメッキ










しずく鈴(しずくすず) 真空メッキ
平鈴(ひらすず) 真空メッキ








ベル 代用金メッキ
カウベル 銅ブロンズメッキ



















































































鈴の問屋ですけど、最近は少量のお客さんもあるそうです。
例えば、ある地方の学校から「熊除け用」ということで注文があったり(昔は熊除けのベルを山用品のお店に卸していた)、踊りのためのコスチュームを制作している人から注文があったり、ブライダルの会社から注文があったりとか。

簡単な商売であるわけではないけど、現在も寺社仏閣が多く存在する日本と鈴は切っても切れない関係です。
また鈴について思いついたことがあったら。。。





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2012年10月11日木曜日

スピーチを聴いてみる

7,8月は英語勉強会もお休み。
普段、ふれないトピックスや英単語により心地よいプレッシャーと少しの脳の活性化をしてたわけです。そんなのが週1でもないと気候と同様に溶けていってしまいそう。
とは言え、日本の夏よりは過ごしやすいクアラルンプールです。


英語勉強会復帰へのリハビリも兼ねて、11月のアメリカ大統領選挙に向けた民主党、共和党の全国大会で行われた2人の候補のスピーチを聴いてみました。
ちょうどその日はおにいちゃんと買い物に行く日だったからおにいちゃんの解説付き。

わたしは、アメリカ本土に行ったことありません。
大学を卒業する時に友達と行ったハワイと、中学生の時に行ったサイパンが唯一アメリカのスタンプをもらったとこです。
なので、アメリカの現在について肌身で何かを感じたこともなければ、現在まで積極的に知ろうともしなかった。アメリカから多くの影響を得て生活してきているのかもしれないけれど、それもとても受動的なこと。
中学受験の面接の時には、お手本トピックとして当時の湾岸戦争の事が挙げられていたけど、所詮は小学生だし自分の心から真剣に考えたことはなかった。

英語勉強会ではニューズウィークの記事を読むので、以前よりは知ることが増えたのかもしれないけれど、その出来事をずっとフォローしてるわけではないです。



以下、スピーチを聴いてわたしなりにキーワードを探ってみました。(まぁ、わたしの2012年アメリカ大統領選のメモだわ)
アメリカ国民、個人個人の意見を聞いているわけではないから、これも一部のことなのかもしれない。あるグループにおいてはというとこ?


【民主党オバマ氏のスピーチ】

choose
choice
future
believe
we-you
forward
u2
bruce springsteen
people

change

国内の事に熱狂できる
自分たちをとても信じている
アメリカ人は信じることをやめない
日本人は信じることをあきらめていたりする




【共和党ロムニー氏のスピーチ】

believe
deserve
destiny
freedom宗教、言論、生活、ビジネス(同性愛はなし)
patient
celebrate
apologize

楽観的
ビジネス
家族←宗教的家族愛
アップル←国内の仕事をそれほど多くは作り出していない
ミリタリーの貢献にはあまり言及していない
アメリカの製品が一番と思っている 国内ですらそれには大きな差がある
小さい政府
昔話が多い ほんとに未来を見ているのか?




討論会は未だ見ていない。





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2012年8月10日金曜日

こういうギフトもいいね


今日もマレーシアは晴れ。
風が心地よく部屋に入ってくる。

やっと我が家のコンドミニアムの前のお家の工事もひと段落して、窓を開けていてももうそんなにうるさくない。



先週のある日はおかあさんを乗せて買い物に。
今は断食月なためにわたしができる範囲で、おかあさんやおばさんたちのおつかいに行ってます。
みんな日中はおうちで静かにしているからね。


日用品を買って、おばさんの誕生日ギフトを買って、おかあさんはお友達のおかあさんに誕生日ギフトを買いました。
今年90才になるその女性は、今でも子供達や孫達(好青年が3人)にご飯を作ったり、お友達をお家に招いたりと毎日忙しくしてるようです。おかあさんの話によれば、料理がとても上手なんだそうだ。

おかあさんはギフトとしてフルーツフォークを1ダース買ったので、わたしがギフトラッピングをしてあげることに。
おかあさんは裁縫が得意なんだけど、紙やテープやノリを使ったりするような工作が不得意。似たようなもんだと思うんだけど、できないんだって。不思議。
でも、わたしにお願いしてくれるのはなんとなくうれしい。自分が役に立つことができるから。


というわけで、 紙とかでじゃないけどこんなラッピングをしてみました。

バティック生地とインド風なコットン生地で、フォークは1本ずつポケットに入れられます。
彫刻刀のケースみたいだ。

片づける時にはクルクルと巻いて保管できるよ。そんなに高いフォークではないけど、キズがつきにくくていいでしょ?
まぁ、片づけた時にフォークが見えないんで、「これなんだったかな?」なんてことにもなっちゃうかもしれないけどね。



もう少しで断食月明けがやってくる。
家族が集まってご飯を食べるんだけど、毎年空がすっきり晴れていつもより静かな気がする。
日本のお正月のように澄んだピリッとした空気というのではないけど、「ムバラク」という言葉を家族で交わすのはちょっといいもんなんだよ。




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2012年7月10日火曜日

マーケットの記事について;結果


TTDIマーケットは現在のまま存続することとなりました~

MRTの駅の建設のためにマーケットがなくなるかもしれないということだったけど、結局、駅の建設はマーケットより少し離れた所(でも徒歩圏内)に決まったようです。
とは言え、このMRTの工事により周辺は混雑するんだろうな。ここだけでなく、これからの数年は渋滞が増えるエリアもあるのかもしれない。

わたしもおかあさんも署名をしたけど、そういう意見が考慮されたというのはよかったな。もちろん、実際に尽力した人のおかげであるのは言うまでもないけどね。


そんな話をおかあさんとしていたら、「Chow Kitマーケットも変わるかも!?」という話。
いつもピーナッツを買いに行くお店のおばさんによれば、TTDIマーケットのような施設を目指す形で話合いがもたれているんだそう。
新しくなったらいいな。そしたら、一番近いマーケットになる。

しかし、そこはマレーシア。
いつになるかはわからないけど、気長に待つことにしよう。。。



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2012年6月4日月曜日

はじめの一歩

日曜日、1 Utama Shopping Center主催のFarmer's Marketに参加してみました。

このマーケットは毎月第一日曜日に、ショッピングモールに隣接するセントラルパークというとこで開催されている。朝8時から11時。
名前からわかる通り、出店の多くは有機野菜や果物、手作りのお菓子やパン、石鹸なんかが販売されている。 わたしは4月にここでおいしい牛乳を買った。今ならTTDIマーケットでも販売されるようになって、毎週買ってます。おいしいんだよ!5日間しか消費期限がないことからフレッシュさもわかるでしょ?
朝早いのもあって、公園での犬の散歩がてら来る人や運動に来る人がお客様で、とてもリラックスした雰囲気のマーケット。
屋外なので、9時過ぎには天気が良すぎてものすごく暑いのだけどね。


このマーケットでは日本人向けの出店エリアがあって、今回わたしも参加してみた。
わたし以外には他に4組の方が出店。
和菓子やパン、華やかな生地を使った手作りのお花などありました。こういった食べ物は作り置きもできないのだろうから、なかなか大変だったんだろうなと思います。



わたしはバッグを作って販売しました。
そう例のあのバッグね。
ショッピングバッグ、ポットラックバッグ、ラッピングバッグなどに使えます。





















細かいものとしては鈴を使ったキーホルダーを。
日本の鈴と、インドのパーツと鈴を組み合わせたもの。



初めての参加だったけれど、マレーシアに住んでいて何かを消費するという立場だけの自分ではなくて、社会に参加できたような感じがしてうれしい。大げさかもしれないけどね。

もちろん、よかった点と気が付かされた点とあってそのことがまた活かされるようにしていきたいな。 そこがとっても大切なんだろうね。




些細な事なんだけど、日本の家族も参加することに喜んでくれたし、だんなさんの家族も喜んでくれた。
日本の友達も「つくることしたらいいよ」といつも言ってくれていたから、こんな経験を報告できるのはうれしいな。
マレーシアの友達も「やってみなよ!」と言ってくれたし、アドバイスもいろいろしてくれた。みなさま、ほんとにお世話になっています。

家族や友達に恵まれているんだな。



一番被害にあって、協力してくれたのはやっぱりだんなさんだ。
結婚してから5年経ちました。
おかあさんみたいな「スーパーおかあさん」になるのは難しいけど、優しい人間になれるように頑張ります。

いつも支えてくれてありがとう。

がんばろ!







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2012年2月4日土曜日

地球約3周半

2011年もだんなさんは移動の繰り返しだった。
約130,000km。
直線距離だからこんなものだけど、きっともっと多いはず。

香港のお義姉さんはさらにで、いつも飛行機に乗ってるんじゃないかと思うほどで、どこかへ行ってる時ももう一つのスーツケースがいつでも家に準備されているんだそうだ。

ふたりの仕事環境は2012年の今年も既にそんな感じで始まっている。




年末に読んだ新聞にはヨーロッパ人の移動についての記事があった。

わたしたち日本人(というと語弊があるかもしれないが)は、他国への移住をそう簡単には実行しないと思う(他国に比べるとね)けど、経済が良い調子でないせいでヨーロッパでは国を移動する人々が増えているのだそう。

ヨーロッパは紛争地域や貧困の地域からくる移民の人々を受け入れてきたけれど、経済の悪化によって今度は多くの人々が他国へ移る時期がやってきているのだという。
特にポルトガル、ギリシャ、アイルランドでは何万人もの人が国を離れて南へ移動している。イタリア、スペインでも同様。
「南とはどこなのか?」というとポルトガルからルアンダ、ダブリンからパース、バルセロナからアルゼンチンというのが多くのパターン。
ギリシャからはオーストラリアへ、ポルトガルからはアンゴラやブラジルへの移動も大きな数を占めている。

こう見ると、旧宗主国だった国の人々が過去に支配していた地域などに移っているそうで、やっぱりその理由は言語とこれからの国の勢いなんだろう。特にアフリカや南アメリカなんかは資源を持っているということらしい。
中高生の頃、「南北格差」なんていう言葉を習ったけど、その定義も変化してるんだろうか?


東南アジアも例外ではないかも?
お義姉さんの話では、アウトソーシングというのも今までは別な国のある会社に委託したら、当然ローカルの人々が働いていたようなものだけれど、最近ではその会社に働く人の多くが欧米から来ている人の場合も多いのだそうだ。特に、技術を必要とするような職種の場合。


日本でも昨年の震災を機に国内での移動や、海外への移動を具体的に考えている人や実行している人は増えているのかもしれない。
身近に感じることはないんだけれど、今まで自分の生まれた国で生涯暮らしていくというのが当たり前のようであったことが変わっていく過渡期の時代なのかもしれない。
太古から、狩猟して、移動して、定住して、国を造ってという歴史が流れてきているけど、それが変わっていっているのだろうか?

驚くほどに便利な世の中では、反対に移動していくことは精神的にも経済的にもとても厳しいことだと思う。でも、それで人々は生き残る力を高めていくのかもしれない。




小さいころ、「未来」という言葉の印象はすごく明るく前向きな響きがあったけれど、今はその響きに別な音も加わって聞こえる。
こわがっていても仕方がないんだし、わたしがマレーシアで出会う困った出来事なんかも生き残る力になるものだろうと信じていきたいなぁ。



身体はどこかへ移動していっても、だれでも中身はその生まれ育ったところにいつでも残しているはずだ。


ちょっと考え事を書いたのも、去年のカレンダーを見ていたから。
1年間がA3に一覧で、左に各曜日で右へ各月が続いていく。だんなさんの出張が多いから予定を書くのに便利。
日本に行った時にカレンダーがまだ売ってなかったんで、今年は真似して作ってみたよ。

各曜日と各月は英語とマレー語。
祝日は日本とKLとSelangor。

もし、ほしい人いたらPDFで送ります。メールは以下です。
apiuy31#gmail.com(#はアットマークですね)





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2011年6月29日水曜日

わたしの知らない時間

1カ月も前のこと。



クアラルンプールの歴史的な建物のオープンハウスがありました。
わたしはいくつかのリストの中からVictoria Institutionへ。



ここはクアラルンプールの中でも最も古い学校のひとつ。
1893年に現在のチャイナタウンエリアに創立された。そして、1929年に現在学校のあるJalan Hang Tuahに移転した。
この移転の理由というのは、何でも、その当時激しい雨が降る度に学校近くのクラン川が氾濫していたからだそう。それでも、この学校がその場所にあったことが今のチャイナタウンエリアやクアラルンプール自体の発展と大きく関係している。
移転後も建物自体は様々に利用されたけれど、1999年の火事によって消失してしまった(ドラッグアディクトによるらしい)。
とても残念だよね。。。

その火事の中でも残った礎石。


この時代イギリスの支配下であったクアラルンプールには、インドから異動してきたイギリス人建築家を中心に今も観光名所となっているような建築物が作られた。
マレーシア各地にこの時代に作られた建築は、ムーア、チューダーリヴァイヴァル、ネオクラシカル、ネオゴシックなんかのいろんな様式のハイブリッド型みたいなものかもしれない。
マレーシアに来たらそういうのぜひ発見してみて!

こちらは移転後の学校の金属プレート。



この日は週末だったけど、見学ツアーに参加した人はほんとに少なかった。
集合場所は時計台のところ。ガイドは現役学生のみなさん。

参加者の半分は卒業生のおじさん達。昔話に花が咲く。



学校の校章。ちょっと色あせているけど。
バッファロー;昔はたくさんいたセランゴールバッファローは強さの象徴。
鍵(右上);成功への鍵。「勉強しよう。そして成功しよう。」
槍(中心);痛みあってこその成功。
青いライン;真ん中は「I」、その両脇ふたつで「V」。Victoria Institutionの頭文字。
ダークブルー(写真では青);オックスフォードカラー。
ライトブルー(写真では白);ケンブリッジカラー。




ここは時計台のあるメインビルディングの廊下。なんとも雰囲気のあるかんじ。


この建物の中には講堂がある。
ここでは集会が開かれたり、テストを受けたりするんだって。

ここでもおじさんは思い出話を披露。学生ガイドそっちのけ。

学生の多くは男子なんだけど、フォーム6からは女子も入学できる。
集会なんかの時は女子は2階のバルコニー席に座るんだそうだ。


イギリスの支配下から日本の占領下へと変わった時代、学校は日本軍に接収され司令部として使われていた。
この講堂も1945年には日本軍の降伏調印式に使われたとのこと。


なかなかハンサムな現役学生ガイドのみなさん。
ヒゲはやしている子もいたんだよね。



講堂の後はプールを見学。

スイミングの授業では上級生が下級生に指導するんだそうだ。
タイル張りのプールはとても素敵。ローマ時代の浴場みたい。


日本でいうとこの理科室を通った時、参加者のおじさんが学校に付き物の怪談を話してくれた。
どこの国にもあるんだね。



この学校はマーチングバンドが有名で、世界の大会にも出ている。優勝もしているんだって。
スコットランドのミリタリータトゥーのように、一紙乱れぬ正確さを求めて炎天下の練習をしている。

クアラルンプールの真ん中にある学校にも関わらず、その敷地は広大でこの芝のグラウンドもとってもうらやましい。豊かな学校生活なんだろうな。
あ、だけど、教室にはクーラーないんだって!トイレも異常に少ない。

その他にも、たくさんのクラブがありそれぞれがとても盛ん。
特に運動部は同じくクアラルンプールにある歴史ある学校として知られる、St. John's InstitutionやMethodist Boy's Schoolと長年のライバルとして競い合っているそうだ。


そんなのんびりペースでツアーも終わり、また時計台に戻ってきた。


暑かったけれど、広大な敷地に大きな木が影を作り静かな日だった。周囲にも大きな建物があまりないから、ちょっと小高いこの土地からはクアラルンプールの景色を眺めることのできる場所もある。

実はこの学校、だんなさんを含めて家族の男性たちのほとんどが卒業生。
だんなさんについてわたしが全く知らない時間がここに残っている。
なんか感激!!
今度は家族で来てみたいな。そしたら、もっとおもしろい思い出話が聞けるかな?





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