2013年12月25日水曜日

マレーシアのスマートな事情


わたしも2010年くらいからスマートフォンを使っている。

とはいえ、仕事をしているわけではないから、その機能を最大限に活用しているとは言いにくいところ。
もっぱら使っている機能と言えば。。
WhatsApp
Gmail
Waze
Google Map
SMS
Facebook
Camera

車を運転するようになって、スマートフォンがあることが最も便利と思っている。
もちろん、事前に行先をネットで確認してからWazeに設定して使っているんだけどね。ナビとして使うならGoogle MapよりもWazeのほうが役に立つと感じている。
WhatsAppとFacebookのメッセージ機能は同じくらいの割合で使っている。けど、そんなに友達も多いわけではないから宛先はいつも決まった人たちと。



おかあさんは70代だけど最近スマートフォンにした。60代のおばさん達もそう。

個人的な感覚ではあるけど、日本に比べてマレーシアでは比較的年齢が上の世代も新しい技術に積極的に挑戦していく傾向があるのかもしれないと感じる。
そして、その大きな原動力というのが所属するコミュニティ(民族的、宗教的な)によるものなんではないかと思う。そういったつながりというのは、マレーシア国内だけではなくて親類縁者が他国にいる立場の人も多いというのも大きな理由の一つかもしれない。
スマートフォンを持つ前までは、おかあさんやおばさんの世代はインターナショナルコーリングカードやメールを使っていたけど、今では通話料が無料で会話できるアプリを使っている。こういうところに、コミュニティの築いてきたものというかコミュニケーションの単位が見えるような気がするね。
もちろん、今でも毎日のように電話で話す相手もおかあさんにはいるし、ランドラインというのがなくなることはないとは思う。
でも、新しい技術に対して人に興味を持たせたり必要と思わせたりするというのは、やっぱり人間でありその人自身の所属する何かなのかもしれない。
歳を重ねるごとに自身の所属という意味では立場や範囲が狭まってくるのかもしれないし(もしくは孤独な事もあるのかもしれないが)、物理的に人と出会うことが少なくなっていくのかもしれない。
でも、こういう世の中の新しい技術を積極的に日常に取り入れることによって、その人がその人であることを感じられる(誰かに必要とされるとか、自分の立場がある)という面もあるのじゃないかな。




だんなさんは、「料金が安いというのが最大のモチベーションである」と言うけどね。
もしかしたら、「おしゃべり好きである」というのが一番の原動力であるのかしら???

2013年12月20日金曜日

先進国入りなるか?⇒それはおトイレにかかっている⇒と、思う日本人


マレーシアは2020年には先進国入りを目指している。

何をもって先進国入りというのかは、日本で生まれ育ったわたしにはよくわからないが。。


先週、おかあさんの家でおにいちゃん家族とわたしたちとで夜ご飯を食べた時のこと。
食後にわたしとお義姉さんで後片付けをしている時に、マレーシアのおトイレの話になった。


マレーシアのおトイレはだいたいがまぁ、びしょびしょなの(女子トイレしか知らないけど)。
ホース状の水が出るものが備え付けられていて、ビデとして使うから盛大な水撒き状態になるという事。
トイレットペーパーは必ずしも個室に設置されているわけではなくて、洗面台の近くにあったり、または紙などないという潔い状況のおトイレもある。

洒落た場所ならあんまりそういう状況のおトイレに行く羽目にはならないけど、普段の生活をする範囲ではかなりの確率でビショビショのおトイレに行かなければならない。
そうなると、ちょっと履物を考えてしまう。=行く場所によって靴が変わり、服装が変わってくるという感じ?
何を着たいかというより、どこに行くかという事で服装にも大きな変化が出てくる。



で、おかあさんとお義姉さんとのおトイレの話。

おかあさんとお義姉さんの行動範囲は違うから、それぞれにとっての綺麗なおトイレのスタンダードも違う。

・おかあさんの言うところの綺麗なおトイレは、多少ビショッとしていてもお掃除レディーがいて常に気を配っている所。
・お義姉さんが言うところの綺麗なおトイレは、ビショッとしてなくてお掃除レディーがいて常に気を配っている所。
・わたしは意外と気にしていない。が、もちろん乾いているおトイレのほうがいいかなぁぐらい。


でも、二人が共通して言っていたのは、二人ともお掃除レディーがいる所では必ず「おトイレ綺麗にしてくれてありがとう!」と伝える事にしているという事だった。
なんでも、お掃除レディーにそういった感謝の気持ちを伝える事が綺麗なおトイレのためには最も効果的なんじゃないかという話。
彼女らのお給与には何も返ってこないかもしれないけれど、どの国の人でも人間であれば必要とするおトイレを綺麗にしてくれる人にちょっと声をかけるというのはまったく悪いことではないしね。

と、共に、多くの人がマレーシアへやって来て、必ず利用するおトイレ。ビショビショでないほうがいいとは思う。
まぁ、綺麗なおトイレを継続するのはその国の国民だけでなく、他国からの人々の使い方によるところもとても大きいと思うけど。

つくづく、スタンダード・マナーというのは同じ前提を持つ人であるから規定できるものなのかと?
まず、マレーシアに住む国民でも各文化の違いがあり、そこに多くの違った国からの旅行者や居住者がいるという事は、そのスタンダード・マナー・ルールというのを規定するのは容易な事ではないんだろうと感じる。


言いすぎかもしれないけど、みんなが必ず使うおトイレは国の顔にもなるんじゃないかな?
2020年にマレーシアのおトイレはどうなっているのでしょうか~?







2013年12月11日水曜日

Good Luck!わたしはまだここにいますけど♡


仲良くしてくれた友達が引っ越すって確かにさみしかったりするんだけど、正確には「さみしい」という言葉ではないような気がしている。

「さみしい」と言ってしまうと、どこか茫漠としたものがありそうで不安な気持ちのほうが強く表れている。
でも、たいていKLから日本や他国へ引っ越していく人達には、不安と期待の両方が感じられる。


もしかすると、モヤモヤと考えている間もないくらいに移動前後には忙しいスケジュールがあるからかな?
家族が国を変わって丸ごと移動するような引っ越しプロジェクトには、ちょっとした高揚感があるのかも。そして、この場合に奥さま達はプロジェクトマネージャーみたいなものと思う。


わたしもその高揚感のようなものに影響されて彼女の引っ越す国に興味がわいてくる。
近所の気軽な友達はちょっと遠い所へ行ってしまうけど、おかげでわたしの行動範囲を広げてくれることになるのかもしれない。
そう考えると、見送る側のわたしもやっぱり「さみしい」というのではなくって、「新しい経験へのきっかけが未来にありそうだ!」という期待が生まれる。

そしてその期待には、「こうしてKLで仲良くしてくれた友達とここではない所で会えるんだな」というイメージが広がってくるのね。

どこで会っても呑んだり食べたり眠くなったり、何の話でもおもしろいはずだ。

ちょっと涙がでちゃうな~
ありがとう!
Good Luck!




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そんな近所の彼女へはこのようなバッグを作りました。
マグネットボタン付きのクラッチバッグ。バッグinバッグとしてでも使ってちょ。